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last updated  2014-06-19                                    

  松浦ケントシリーズ

大爆走 in チャイナ 松浦ケント




1.

  久しぶりに、私、私立探偵松浦ケントは、日本橋・浜町の事務所でのんびりと休息の日々を過ごしていた。

 ケントが、青春時代の一時(ひととき)を暮らした思い出の町だ。

 ジュリー、マドンナとケントは、夢のような楽しい生活を過ごした。

 実家の在る奈良に比べると東京の下町は、独り者にとって生活し易い町だ!!

 コインランドリーもあった。

 築地市場に近く、この界隈には、自称美食家のケントを満足させてくれる和食店や洋食店がたくさんあった。

 そのなかでも、「銀寿司」が、ケントの一番のお気に入りだった。

「今日の夕食も、銀寿司へ行こうか」と、ケントは考えていた。

 その時、VIP依頼人専用の携帯電話が激しく鳴りだした。

 大連のミスター・ロンからの電話だった。

 彼は、中国飲食業界では超大物だ。

 年商1000億円を売り上げる日本料理チェーンの「七夕グループ」のワンマンオーナーだった。

 店舗数は、568軒。
 
 香港からハルピンまで到る所に店舗展開していた。

 寿司、割烹料理、日本式ラーメン、焼肉、牛丼、定食店等料理の種類も豊富だ。

 会社の食堂運営や給食も請け負っていた。

 特に、大連の海鮮料理部門には力を入れていた。

 山東省出身の彼の店舗運営能力は、当に天才的だった。

 彼は、一人で大連開発区の金帆ホテルのインペリアルスイートに住んでいる。

 理由は、三年ほど前から、彼は、妻と別居しているからだ。

 たぶん、子供ができないのが原因のようだ。

  金帆ホテル内には「七夕グループ」の総本部もある。

 自称美食家のケントが、以前、ミスター・ロンに日本食の作り方を教えてやったのが切っ掛けで、ミスター・ロン と付き合うよう
になった。

「ミスター・ロン、久しぶり、お父さんは元気かい?」

「ありがとう、ケント!!」

「しかし、親父の中風はひどくなるばかりだ」

「それに、親父は、相変わらず訳の判らないことばかり言っている・・・・・困ったもんだ」

「最近、仕事のほうはどうだ、ケント?」

「忙しいかい?」

「相変わらず、暇(ひま)してるよ。ミスター・ロン」

「ケント、おまえに相談に乗って欲しいことがあるんだ。親父もおまえに会いたがっている。大連に来ないか、ケン ト?」

「大連のヒラメを食べたいな、と思っていたところだ!?ミスター・ロン」

 日本のヒラメも美味しいが、大連の平目は超美味だと私は思っている。

 大連の平目は、薄す作りでも、丸揚げにしても美味しい。

「了解、至急、格安チケットを手配して、大連に行くよ!!」

「じゃ、大連で会おう(大連見)!!」」

 電話が終わると、ケントは、インターネットで格安航空券を探して発券を依頼した。


2. 
          
 それから三日後の夕方、ケントは大連空港に居た。

 ケントが、タクシーを捜しに到着ロビーを出ると柄の悪い客引きがそばに寄ってきた。

 その客引きにはかまわず、ケントは、まっすぐタクシー乗り場に向かった。

 年々、大連のタクシー運転手の質が落ちているように感じる。

 大連空港から開発区まで、タクシーで約一時間掛かった。

 前回、大連に来たときに比べて、自動車が異常な速度で増えていた。

 日本に比べて、高級車が格段に多いのには驚いた。

 開発区の金帆ホテルの受付でミスター・ロンを呼んでもらうと、ロビーのソファーに座って、ケントは雑誌を見な がらミスター・
ロンを待っていた。

 10分ほどすると、大柄でメガネをかけた色白のミスター・ロンが出て来た。

「ケント、よく来てくれた」

「おまえの部屋も、このホテルに用意してあるから・・・・・」

「おまえの荷物は、ここに置いておけばいい!!」

「後で、おまえの部屋に荷物を運ばせるから」

「いつも、ありがとう」と、ケントは言った。

「ケントに日本料理を教えて貰わなかったら、今の七夕グループは存在していないから・・・・・遠慮しなくていい よ」

 私たちは、ミスター・ロンの経営する金帆ホテルの一階にある「割烹七夕レストラン」へ行った。

 レストランの面積は、1000uで、従業員が48名。

 料理は、和食と鉄板焼きがメインで、いつも満席だった。

 私たちは、個室に案内された。

「料理は、お任せにしてあるから・・・・・ケント」

「期待しているよ!!」

 海胆(うに)、舌平目(したびらめ)、つぶ貝の刺身、鮑の煮物、アナゴと海老、竹の子の天麩羅。焼きタラバガ ニと和牛の鉄板
焼き等の料理が出て来た。

 酒は、「長城」ワインの白だ。
 
 最近の中国のワインは、美味しい。

 ケントは、「長城」ワインが好きだ。

 ケントがこのレストランへ来ると、いつも挨拶に出てくる経理財務担当重役のチェン部長の姿が見えなかった。

 チェン部長は、「七夕グループ」全体の経理財務を担当していた。

 チェン部長は、ミスター・ロンの最も信頼する部下だった。

「チェン部長は、お休みですか」と、ケントは、ミスター・ロンに尋ねた。

 ミスター・ロンが、煙草を一服して話し出した。

「去年の9月末に、売上金横領の報告が上がって来たんだ」

「それで、外部のMACという専門機関に依頼して、極秘にグループ内の売上金横領の調査をしたんだ」

「調査の結果、売上金横領は無かった・・・・・」

「しかし、偽装小切手が振り出されていたんだ」

「その偽装小切手を振り出した犯人は、捕まったのですか?」

「厳密に言うと、小切手自体は本物なのだ」

「なぜなら、経理財務担当のチェンが振り出した小切手だから・・・・・」

「小切手の件は、銀行へ連絡したのか?」

「もう、銀行へは手を打った!!」

「損害は、幾らだ?」

「損害は、10億円だ」

「一億円の小切手が、10枚だ」

「この七夕グループの材料のほとんどは、キャッシュで仕入れしている」

「七夕グループの経営内容は良いから、うちの小切手は町の金融機関で喜んで買い取ってくれるんだ!!」

「そのとおり、七夕グループは優良企業だから、お宅の小切手はどこでも買ってくれるさ・・・・・ミスター・ロ ン」

「そして、チェンは、町の10社の金融機関へ一億円の小切手を一枚ずつ持ち込んでいたようだ」

「チェンは、経理財務担当なので、経理操作も万全だった」

「それで、振り出された小切手の偽装が発覚するまでに時間が掛かったんだ」

「その間に、チェンは、経営監査という目的で出張に出た」

「偽装小切手が発覚すると同時に、チェンは、出張先で行方不明になってしまった」

「チェン部長の出張先は?」

「東北方面へ行った」

「瀋陽(しんよう)の七夕レストランから報告を受けた後、チェンの足取りが消えてしまった」

「チェンは、創業以来、一緒に仕事をして来た真面目な男だった・・・・・」

「そこで、おまえに依頼したいことがある」

「依頼するかしないかは、ミスター・ロン、あんたの自由だが・・・・・」

「不案内な土地で、私があんたの役に立つことができるのか、ミスター・ロン!?」

「この件は、おまえにしか頼めないことだ」

「おまえのマイペースでやってくれて結構だ、ケント」

「とりあえず、何をすればいいのかな?ミスター・ロン」

「チェンを見つけて欲しいんだ!!」と言って、ミスター・ロンがワイングラスを空けた。

「不案内な土地へ行くから、ガイド謙通訳を頼む」

「至急、秘書に探させるよ」

「ミスター・ロン、ガイドが見つかり次第、仕事に取り掛かるよ」

「よろしく頼むよ、ケント」


3.

 二日後、「ガイドが見つかった」と、ミスター・ロンから連絡があった。

 ガイドは女性で、名前はリン。

 彼女は、語学堪能で、東北地方の地理には精通しているそうだ。

 チェン部長の社内での評判は良く、人望も厚かった。

 表面的には、金銭にも困っていなかった。

 チェン部長には、子供はなかったが夫婦仲は良かった。

 先ず、ミスター・ロンからもらったチェン部長の出張スケジュールを見直すことにした。

 ケントは、地理不案内なので、ガイドのリンが地図を出して、今回のチェン部長の出張スケジュールを丁寧に説明 してくれた。

 チェン部長は、瀋陽の七夕レストランで経営監査をした後、MHKを経由して、長春へ経営監査に行く予定だっ た。

 去年、MHKに、日式焼肉(300人収容)レストランを開店していた。

 焼肉レストランの集客は、順調なようだった。

  MHKは、瀋陽と長春の間にある人口60万人の都市で、吉林省通化市に属し県クラスの都市に位置している。

  MHKには、長春に本社のある大型高級スーパーの出店も決定していた。

 地理的に、MHKは、松遼平原と長白山地の中間に位置し、松花江の支流である大柳河と梅河が交差する地点にあ る肥沃な
土地だった。

 満鉄が、この周辺の鉄道を敷設したとき、MHKを中心拠点としていた。

 東北三省の主要穀倉地帯のMHKは、工業地帯ではないが、鉱産資源が豊富で主要なものに石炭、金、珪藻土、油 頁岩、鉄、
石英、石墨、ミネラルウオ―ターなど17種類が知られている。 

 この地方で栽培されている秋田小町は、中国では上質の米の部類に入る。

  ケントは、MHKで秋田小町を食べるたびに、日本の農業技術指導者のレベルの高さに感心させられた。

   MHKの農民のほとんどは、秋田小町をMHKの原産だと思っている。

 それほど、秋田小町は、MHKに定着しているのだった。

  ここで採れるトウモロコシも絶品で、白い粒の玉蜀黍(とうもろこし)が美味しい。

 MHKの串カツ、串焼きも美味しい。大連では味わえない風味があった。

 しかし、吉林省のビールは、不味い。

 串カツ、串焼きが、そのビールの不味さをカバーしてくれていた。

 去年の7月、ケントは、友人の案内で、MHKを訪問したことがあった。

 私は、暫らく瞑想した。そして、

「瀋陽からMHKまで、鉄道利用で何時間掛かる、リン?」

「約4時間です」

「じゃ、バス利用だと、どのくらいかかる?」

「高速バスだと、3時間半ぐらいです」

「普通、出張で、瀋陽からMHKへ移動する場合、鉄道か高速バスを利用するのか?」

「そうです」と、リンが答えた。

 ケントは、先ず、明日の朝の大連発快速列車で「瀋陽七夕レストラン」に行くことにした。

 リンに、明日の瀋陽行き快速列車の切符の手配をしてもらった。



4.

 快速列車は早い。私たちは、3時間で、瀋陽に着いた。

 リンと、瀋陽駅前のマクドナルドで早い昼食を済ませた。

 瀋陽駅は巨大な駅で、毛沢東主席の時代を髣髴(ほうふつ)とさせるようだった。

 ガイドのリンに案内されて、駅前からタクシーに乗った。

 和平路で、私たちはタクシーを降りた。

 タクシーを下りると「瀋陽七夕レストラン」という、サインボードが目に入った。

 レストランに入って、カン店長を呼んでもらった。

 ミスター・ロンが、予め、カン店長に連絡を入れておいてくれたので、店長はすぐに出て来た。

 ケントは、名刺をカン店長に渡しながら、

「今回、ミスター・ロンから、チェン部長の調査を依頼されました」

「松浦ケントです!!」

「チェン部長のことについて、少し話を聞かせていただきたい」と言った。

「チェン部長が、この店を出て行方不明になった日、何かおかしな素振りは見えなかったですか?」

「いつものように、チェン部長は、この店へ経営監査にやって来られました。普段と変わったところは、別になかっ たですね!!」

「チェン部長は、瀋陽から何処へ出張に行く予定だったのですか?」

「チェン部長は、去年オープンしたMHKの日式焼肉レストランへ経営監査に行くと言っていました」

「チェン部長は、瀋陽から、鉄道を利用したのか、高速バスに乗ったのか?」

「分かりません。チェン部長は、その時の気分で乗り物を決めていたようです・・・・・」

「切符も、チェン部長、自分で買っていました」

「瀋陽に、チェン部長のよく行っていた飲み屋か倶楽部はありますか?」

「チェン部長は、酒豪だそうですね」

「瀋陽で、チェン部長が酒を飲んでいるところを見たことがなかったですね」

「しかし、肉を納入している業者の話では、チェン部長が、MHKで飲んでいるところを見たらしいです」

「肉を納入している業者の名前と担当者、電話番号を教えて欲しいんだが・・・・・」

「すぐ調べます。ミスター・ロンからケント先生に協力するように言われています」と言って、カン店長は部屋を出 て行った。

 5分ほどして、カン店長が紙切れを持って戻って来た。

 紙切れに書かれている内容をチェックしてから、ケントにその紙切れを渡した。

「会社の名前は瀋陽冷鮮食肉有限公司、住所は和平人民路。電話番号と担当者名も書いてあります」

「今から、この肉の納入業者のところへ行くことはできますか?」

「はい、確認しておきました。担当者は、事務所でケント先生を待っています」

「ありがとう、ミスター・ロンによろしく言ってくれ」と言って、ケントとリンは、「瀋陽七夕レストラン」を出 て、タクシーに乗った。




5.

 二人は、和平人民路でタクシーを降りた。

「瀋陽冷鮮食肉有限公司」と大きな看板が出ていたので、すぐに分かった。

 玄関で、その担当者は、ケントたちが来るのを待っていた。

 カン店長が、連絡しておいてくれたのだ。

「いらっしゃいませ、松浦ケント先生」と、彼が、声を掛けて来た。

 ケントは、カン店長がくれた紙切れを見ながら、

「チン主任ですか?」

「そうです」

「お話を聞きたいのですが、七夕グループのチェン部長の件で・・・・・」

「どうぞ、こちらへ」と言って、ケントたちを応接室に案内してくれた。

「チン主任、あなたは、チェン部長と一緒によく飲みに行かれてましたか?」

「チェン部長とは、一度も、一緒に飲みに行ったことがありません」

「しかし、MHKで、チェン部長が飲んでいるところを見たことはあります」

「その時、チェン部長は、独りで飲んでいましたか?」

「二人で、飲んでいました」

「相手の人は、黒い雰囲気が漂っていました。感じからして、チェン部長の知り合いのようでしたが・・・・・」

「黒い雰囲気とは、黒社会(暴力団)のことですか?」

「そうです」

「確認させてください。相手の人は、チン主任の知っている人でしたか?」

「いいえ、知らない人でした」

「チェン部長を見たMHKの飲み屋の名前を、教えてもらえますか?」

「東北二人世界と、言う名のカラオケ倶楽部です」

「電話番号、住所は分かりません」

「倶楽部の名前が分かれば、それで結構・・・・・」

「リン、今すぐMHKへ行くことができるかい?」

「高速バスでしたら、30分後にあります」

「じゃ、高速バスの手配を頼む、リン」

 瀋陽からMHKまで、高速バスで約3時間半の道程だ。

 高速バスなのに、田舎の自由乗降バスのようによく途中停車した。


6.

 それでも、夕方には、MHKに着いた。

 先ず、ケントたちが、泊まるホテルのそばの派出所へ挨拶に行った。

 担当部署は、派出所の3階にあり、若い巡査部長が事務処理をしていた。

 ケントは、名刺をその若い巡査部長に渡しながら、リンに通訳をしてもらって、調査目的を簡潔に説明した。

「君の仕事はよく分かった・・・・・・警察の仕事にだけは、手を出さないでくれ !!」

「それと・・・・・・警察の仕事と関連がある時は、逐次、進行状況を報告してくれ、それだけだ」と、その若い巡 査部長が言った。

「了解・・・・・・警察の仕事を見つけたときは、必ず、報告するよ !!」と言って、ケントたちは、その巡査部長の部屋を出て、 ホテルに
もどった。

 リンと夕食時間の打ち合わせをして、各々の部屋へ戻った。

 ケントは、シャワーを浴びて少し休憩して、待ち合わせ時間にロビーへ行った。

 リンは、ケントより早くロビーに来て、色々尋ねてくれていた。

 ケントたちは、氷河レストランへ火鍋(フォグオ)を食べに行くことにした。

 ホテルから氷河レストランまでは、遠くない。

 氷河レストランの火鍋(フォグオ)は、大連の火鍋に比べて量もたくさんあるし、値段もリーゾナブルで二人と も満足した。

 夕食後、リンに案内してもらって、ケントは「東北二人世界」と言う名のカラオケ倶楽部へ行った。

 目的は、チェン部長の横に座っていた小姐(シャオジエ・服務員)を探し、話を訊くためだった。

 チェン部長は、その倶楽部では有名人で、倶楽部の小姐たちは皆、チェン部長を知っていた。

 ミスター・ロンが、ケントにくれたチェン部長の写真を見せる必要は無かった。

 チェン部長の横に座っていたのは、地元出身のトンという中肉中背で色白の小姐(服務員)だった。

 ケントは、トン小姐に紅包(チップ)を渡しながら、

「チェン部長は、いつも、誰と一緒に飲んでたの?」

「キュウ先生と、いつも一緒に来てたわ !!」

「この店の飲み代は、誰が払っていたんだ !?」

「チェン部長が、いつも飲み代を払っていたわ」

「チェン部長は、若い頃、キュウ先生に凄く世話になったと言ってたわ」

「キュウ先生の職業は・・・・・・?」

「キュウ先生は、この周辺の黒社会(暴力団)のボス(老板)よ」

「チェン部長は、MHK出身か?」

「そうよ。キュウ先生もMHK出身なの」

「チェン部長の実家の隣りの家が、キュウ先生の家らしいわ」

「二人は、ここでどんな話をしていたんだ?」

「新しい金鉱がどうのこうのって、二人で話していたわ」

「チェン部長の実家は、何処?」

「愛民ビレッジ(村)よ」

「新しい金鉱の場所は、分かるか」

「たぶん、愛民ビレッジの周辺よ」

「金鉱を掘るのに、予想以上にお金が掛かるので、資金繰りで揉めていたようだったわ」

「3ヶ月ほど前から、チェン部長は飲みに来ないわ」

「最近は、キュウ先生が、独りで飲みに来てるわ」

「先週、キュウ先生は纏まった金が入ったと言って、マレーシアへ行っちゃったのよ」

「それに、愛民ビレッジは景気が良いようで、来年の春に、愛民ビレッジの家の建て替えをするのよ」

「建て替えの資金繰りは、キュウ先生が面倒を見たそうよ!?」

「キュウ先生は、何時ごろ帰ってくるのかな?」

「マレーシアのペナンに親戚がいるのよ。たぶん・・・・・・もう、戻って来ないわ」

「そうか、戻って来ないのか」

「リン、今夜で、この調査は打ち切りだ」

「明日の朝、バスで大連に帰る手配を頼むよ」

「大連行きのバスは、朝9時30分発車です」



7.

 明朝、ケントたちは、9時30分発の大連行きリムジンバスに乗った。

 1月初旬のMHKの気温は、零下15〜30度だ。

 田畑には、30cmほど雪が積もって、人っ子一人いなかった。

 春にならないと田畑の雪は消えないし、農民は、完全休業で誰も田畑に出ていない。

 午後4時35分に、私たちは大連に着いた。

 ミスター・ロンに報告をするために、ケントたちは、大連開発区の金帆ホテルに向かった。

 ミスター・ロンは、金帆ホテル1階の「割烹七夕レストラン」の「椿の間」で、ケントたちを待っていた。

「お待たせしました」と、ケントが言った。

「疲れただろう、二人とも」

「リンのおかげで、今回の仕事はスムーズに運びました」

「では、ミスター・ロン、今回の調査結果を報告します」

「しかし、この調査報告は、来年の春(旧正月)以降に、証拠が出て、その事実が明らかになることを前提にしてい ます」

「今回の犯人は、MHKの気候風土に精通していました」

「それで、MHKの気候風土を巧妙に使っています」

「犯人は、初めから、この事件の結末が来年の春になるようなプログラムにしていたのです」

「貴社から振り出された小切手の使い方も、無駄の無い有効な使い方をしていました。その小切手の使用用途も、来 年の春に
なれば明らかになります」

 ケントは、ミスター・ロンの顔を見ながら言った。

「チェン部長は、新しい金鉱を探していました」

「そして、行方不明になった」

「MHKは、鉱物資源の豊かな土地ですから・・・・・」

「チェン部長は、MHK出身だった」

「チェン部長は、MHKについて詳しかった。だから、金鉱探しの話に乗ったということです」

「たぶん、MHKのことを知らない人なら、金鉱探しの話には乗らなかったでしょう」

「誰が、その金鉱探しの情報を提供したのだ」

「キュウ先生です」

「キュウ先生とは、どのような人物だ」

「キュウ先生は、チェン部長と同郷で、黒社会のボスとしてMHKでは有名人です」

「チェン部長の家は貧しくて、キュウ先生の家の援助が無ければ、チェン部長は、大学に進学することができなかっ たそうです」

「真面目なチェン部長は、そのことに恩誼を感じていたんです」

「それで・・・・・今、チェン部長は、どこにいるのだ?」

「MHKです」

「彼は、元気なのか?」

「いいえ」

「チェン部長が行方不明になった日、彼は瀋陽からMHKまで高速バスに乗りました」

「キュウ先生と会うために、高速バスを利用したのです」」

「もうひとつの目的は、新しい金鉱の場所を確認するためでした」

「チェン部長が乗った瀋陽からMHKまでの高速バスは、実質、自由乗降バスと同じなんです」

「その日、チェン部長は、愛民ビレッジの入り口で高速バスを降りたようです」

「チェン部長が、愛民ビレッジで降りたことは、ケントたちが瀋陽からMHKに移動した日、その高速バスの運転手 に確認しま
した」

「幸運にも、その高速バスの運転手が、チェン部長のことを覚えていたんです」

「ここからは、推測になりますが、来年の春には、今回の私の報告が立証され筈です」

「愛民ビレッジの入り口には、キュウ先生の車がバスを降りたチェン部長を迎えに来ていたんです」

「その車で、キュウ先生は、チェン部長を新しい金鉱予定地まで案内した」

「そこで、キュウ先生は、チェン部長を殺害して小切手を奪った」

「明くる日、MHKには雪が降り、30センチほど雪が積もった」

「そして、積もった雪が、チェン部長を隠してしまった」

「だから、チェン部長が、再び顔を出すのは、来年の春になって雪が溶ける頃なのです」


8.

「キュウ先生は、商売柄、金融機関には顔が利くので、小切手を容易に換金できたんです」

「しかし、換金した金をキュウ先生は独り占めしなかった」

「キュウ先生は村長を呼んで、村の再開発(建て替え88戸)を提案した」

「村長は、村民と相談して、キュウ先生の話を受け入れた」

「キュウ先生の再開発には、条件が一つあった」

「農閑期の間、村の住民に、田畑へ行くなという条件でした」

「村長は、キュウ先生の話を承諾した」

「キュウ先生は、愛民ビレッジの再開発の準備をして、マレーシアのペナンへ行ってしまったんです」

「しかし、愛民ビレッジの村民が約束を履行しなければ、村の再開発は中止だそうです」

「キュウ先生は、新しい金鉱の話を知っていた村民との間に、村の再開発という名目でなにやら暗黙の了解を取って いたよ
うです」

「村の再開発88戸には、チェン部長の実家の建て替えも含まれています」

「ミスター・ロン、報告は以上です」と、ケントが言った。

「よくやってくれた。ありがとう、ケント」

「それから、キュウ先生の件は、どうしますか?ミスター・ロン」

 ミスター・ロンは、目を閉じて、

「MHKに、キュウ先生という知り合いはいない」と言った。

「振り出された小切手は、どう処理しますか?」

「チェンが、振り出した小切手10億円は、彼の退職金として処理する方向で検討している」

「チェン部長の件は、警察にも報告しますか?」

「いや、チェンの件は、おまえの報告通り、来年の春まで静観するよ」

「会社のほうは、チェンの行方不明ということで休暇扱いにするつもりだ、ケント」

「警察には、チェンの奥さんから、チェンの行方不明の届けと探索依頼を出してもらうよ」

「春になればMHKの雪も溶けて、きっと、チェン部長も、顔を出すだろう・・・・・ケント」  了




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